ラベル ティカル遺跡,地球一周航海、63日目 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2012年12月31日月曜日

航海63日目10月25日②(マヤ文明ティカル遺跡探訪)


ティカル遺跡は4~10世紀の王朝が作り、その後この地が放棄されスペイン人に17世紀に発見されるまでジャングルに埋もれていた。グアテマラは木の多いところ、という意味からきているらしい。つい最近まで内戦があった。治安はかなり悪いところのようだ。  

時間が来たのでゾロゾロと歩きだした。このへんは標高125mで亜熱帯だ。


歩き出した  3~4時間歩くようだ


この溜池からバキュームカーで
水を吸い上げている


入り口    ここでまとめて入場券を
もぎってもらう   後から半券をもらった

もらった半券

ティカル遺跡は遺跡と自然の共生の複合で世界遺産となっている。遺跡までのアプローチも楽しめるということだ。

まず私たちを迎えてくれたのはグァテマラの国樹の「セイバの木」である。これは枝が蜘蛛みたいである。また地表付近に特徴がある。見栄えの良い木である。


段々木々が多くなってくる
ここは遺跡と自然の複合遺産である

ガムの木


セイバの木の説明書


グァテマラの国樹「セイバの木」

下部の地表付近の三角形の
部分の高さは2m以上ある


枝がくもみたい

コース案内図のところに着き、コースの説明を受けた。3~4km四方の区域を歩くのだから3時間半のコースになるわけだ。


コースの案内

出発


野生の七面鳥


ピラミッド?


さる

私は、ピラミッドと神殿の区分を忘れていた。これは帰国してから復習してみよう。東ピラミッドと西ピラミッドは2極を表しているという。東は太陽や男、西は月や女、というようにである。

29代の統治者で768年~800年まで統治したジョシューニュアインさんが作った礼拝堂があった。石に彼の名と作成年などが刻み込まれている。この中で外国人のグーループと出会った。もしかしたら隣の船で来た人たちかもしれない。


礼拝堂


771年、ジョシューニューアイン、
29代、とかが刻まれている

  ジョシューニューアインさんは
768年から800年まで在位した支配者


注意書き  座るな、と書いてある

 埋もれたままのピラミッドがあった。埋もれていた遺跡の10%しか発掘していないようだ。ここには12万人ほどが住んでいたが、850年~950年に干ばつのため移動したという説が有力のようだ。

この下にピラミッドが埋まっている

途中、数々の珍しいものの説明を受けた。


大きな杉の木


ボア   一本の木に
へびのように巻きつく


頑丈そうな根っこ

いよいよ神殿Ⅳが顔を出した。Ⅰ~ⅣでⅣが一番高いようだ。これに登らずして、ティカル遺跡を見て来たと言うな、とガイドは言った。神殿Ⅳは改修中である。新しい石の使用は30%以下に制限されている、と。741年に神殿Ⅳは完成した。現在の改修工事は6年後終了予定。

横の木製のハシゴを使って上まで行くが、思ったより勾配は小さい。上へ行き、写真を撮り合ったり、景色を撮ったりして過ごした。神殿Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ全部見渡せる。見渡す限り樹海である。人が住んでいたころはこの1/4ほどの緑だったそうである。これから神殿Ⅰ,Ⅱ、Ⅲを見に行くのだ。


741年の神殿Ⅳ


神殿Ⅳの全容   修理・発掘中
この遺跡の上に登り周りの景色を見ようというのだ


神殿Ⅳを下から見る(動画)
世界遺産の改修の際の制限事項を説明している

神殿Ⅳ上部へのこう配のある階段を上る
途中こちらの人と思われる人とすれ違う

すごい
上の人のいるところで景色を楽しんだ


神殿Ⅳからの眺望 左から神殿Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ


神殿Ⅳの上  たくさんの人
赤いシャツの人は通訳

神殿Ⅳからの眺望(動画)
回りが森林に囲まれているのがよくわかる

集合時間までに再度集まり、歩き始めた。


ガムの木   切って樹液を
出した跡がある


窓の宮殿  身分の高い人の住居跡


さっき上まで登った神殿Ⅳ

そして神殿Ⅲのところに来た。そして更に進む。神殿Ⅰ、Ⅱ、アクロポリス等があり、宗教的行事をした広場に来た。


神殿Ⅲ


聖なる想像上の動物が刻まれている

神殿Ⅰはティカルがカモクムルに125年間支配される直前にアフカカルがティカルのアイデンティティのために作った。この神殿の下にアフカカルの遺体が永遠を意味するヒスイに囲まれ眠っている、という。神殿Ⅱはアフカカルが妻に贈ったようだ。アクロポリスの地下には10人以上の支配者の遺体が埋められている、と。このグランプラザ(メイン広場)がティカル遺跡のメインなのだ。


神殿Ⅰ  マヤにおいて独特な急な勾配

神殿Ⅰを背景に記念写真


神殿Ⅱ  アフカカルが妻に贈った


アクロポリス   下には10人以上の
支配者の遺体が埋められている


高貴な人の住居跡


パノラマ写真  左:アクロポリス、右:神殿Ⅰ  グランプラザという
メイン広場であり宗教的行事をする場所  神殿は全て赤だった

グランプラザ(動画)
神殿Ⅱ⇒アクロポリス⇒神殿Ⅰ⇒高貴な人の住居跡、の順序で撮影

帰り道も数々の遺跡などの説明を受けた。


サウナ  宗教的に意味があった


行政的機能の宮殿
物々交換の時に税金をここに納めた


アライグマ

17時頃バスに到着し、一路湖畔のホテルへ行った。18時過ぎホテル到着し、19:30から夕食とか。それまでに、シャワーで汗を流し、wifiを繋がねばいけない。ホテルは豪華で8部屋で一つの棟となりそれが直列に並んでいる。敷地面積は広いそうだ。


J-1チームのベンツ製のバス


ホテルへ向かう車窓からの湖

同室者は制服屋さんのKさんである。この方とは、アンコールワット、フランスで面識があり、お互い同室者として申請していた。同室希望はお互いが希望しないと成立しないが、夫婦の場合でもこの申請は必要だという。なかには現在喧嘩中というかたもおられるから、と言っていた。

wifiは24時間10USドルであり、すぐ金を支払いパスワードをもらい繋げた。今日と明朝はネット関係を優先するつもりである。ここでのネット作業がツアー最後と私は決めている。電波が弱い船内でネットを繋ぎ、それによって発生するトラブルを避けるためである。

同室者がシャワーを使っている間に、2台のカメラをPC経由でネットに繋ぎ、GPS信号キャッチ支援システムを更新した。有効期間は1ケ月だ。これはGPSを使うための最優先事項である。それからメールを一本出した。後は明朝にしよう。メールは今回が航海最後なのでやっておかなければばいけない事項である。

夕食はおいしかった。肉は一番小さいのを希望したが、おいしく更に大きいのを二キレもらって食べた。今日は約2万歩も歩いた。船にいるときの1.5倍だ。部屋に戻りミニバーにはウイスキーがなかったのでビールを2缶飲んで寝た。


ホテルの夕食
肉がおいしく2キレ追加した
とうきびは何も味がしなかった


CAMINO REAL TIKAL は
高級ホテル


フロントからこの階段を下りて離れ形式の部屋へ向かう
8室で2階建て一棟を形成している   中央付近の
明かりがついているのはあずまや風の小屋

ティカル遺跡探訪終わり

2012年12月30日日曜日

航海63日目10月25日①(マヤ文明ティカル遺跡アプローチ)

2012年10月25日(木)63日目

快晴。現地時間:日本時間ー15h。歩数:19,906歩、約11.3km。
オプショナルツアー:プエルトケツァルJ「マヤ最大の遺跡ティカルへ①」80,000円

2:30起床。8階後方デッキ経由で8階プロムナードデッキ左舷側へ。4時30分になったところで作業終了し、デッキへ出た。星はあまりよく見えないが、港の明かりが近くなってきていた。

4:45ダグボートが船の右舷後方を押し始めた。その直後GPS信号をキャッチすることができた。
4:40 ゆっくりと港に入っていく


4:45 
ダグボートが右舷側後方を押し始めた

接岸作業をあっちこっちで見ていた。5時前まだ暗いうちからウォーキング愛好家は準備運動を始めていた。5時を過ぎると徐々に明るくなり、人がデッキに出始めてきた。もう着岸作業は終わっている。天気は良い。

ウォーキング愛好家の
山形Mさん奥方が
トレーニング開始

グァテマラの人がパナマあたりから乗船しており、あちこちで見かけていたが、今日下船のはずだ。5時半頃グァテマラのお母さんらしき人を10階デッキで見かけたのでいっしょに写真を撮ってもらった。このお母さんは色彩豊かな服を着ていた。これは多分伝統的な衣装に使う色彩だろう。後にお土産屋でも同じような色彩の衣料品を見た。私に続き、10階デッキにいた人が数人、このかたと記念写真を撮っていた。


グァテマラのお母さんと

7時過ぎには8階ピースボートセンター近くでグァテマラの方々と別れを惜しむ人々を見た。
7:12 グァテマラの人たちとお別れ

さて時間を一時間ほど戻した6時頃には周辺の景色ははっきり見えるほど明るくなっていた。北の方向に山がふたつ見えた。左の山は山頂がふたつあり、望遠鏡を借りて観ると二つの山頂のうちの左の山頂からは煙が上がっていた。GPS信号をキャッチしているので、帰国してからこの山の名前を調べることとする。


左の峰から噴煙がでている
名前は「VOLCAN ATLANTAN」とある


 富士山のような形
名前は「ホルカンテ アグア」とある

これらの山の近くに行くツアーも別途組まれているようだ。私の取ったツアーは、プエルトケツァルJ「マヤ最大の遺跡ティカルへ①」である。

7時過ぎ近くに豪華客船がいることを発見した。大きい船だ。8時頃までツアーの準備とデッキでの散歩を繰り返して時間を待った。個人、ツアーで船を出て行く人を見る。ほぼ850人の人がこの船を一時出ることになる。


近くに豪華船が入ってきた   この乗客と
おぼしき人と遺跡で何度も出会う

時間が来て集合場所へ向かった。77名の人が参加した。バスはJ-1で、ツアーリーダーはピースボートのM・Mさん、CCは同じくR・Tさんである。8:45会場を出発した。バスでプエルトケツァル空港へ行き、そこから40名ほどの飛行機でフローレスへ向かった。
グァテマラへの第一歩


飛行機は40人乗り
飛行場は軍施設を借りている


フローレスまで乗っていく飛行機


後ろから乗り込む


スチュワーデス


オーシャンドリーム号
赤い煙突が特徴


奥地のフローレスへ


船から見えた山


湖に浮かぶ陸とつながっている島


この湖は「ラーゴ・ペテン イッツァ」とある


島が多くある

所要時間は1時間ちょっとである。プロペラ機なので距離は300kmほどか?羽田ー千歳間約1000kmで、ジェット機で1時間20分のところ40年ほど前プロペラ機YS11のオーロラ便では3時間~3時間半だったはずなので、大雑把な計算でそのくらいではなかろうか?

1時間10分ほどで到着した。バスに乗り換えティカル国立公園へ着き、レストランで昼食を取った。まァー普通の料理であった。終了後出発までの時間に待ち合わせ場所近くでカメラにGPS信号をキャッチさせようとしたが、うまくいかなかった。

時間前にレストラン前のお店でテーブルクロスと帽子を購入した。


無事到着


他の飛行機


車窓から 街並み


車窓から 街並み


着きました


遺跡の1/1000の模型


ここで昼食


ビール4usドル


かぼちゃ・いものスープと
鶏肉がおいしかった


壁のないレストラン  虫はいなかった

 レストラン周辺

3ケ月前の2012年7月完成の
JAICAの建屋とかいっていた


小さいけれどワニ


垂れ下がった実


ここで帽子とテーブルクロス15USドル(5ドル引き)
(後日談:家のソファーの飾りとしてかけている)を購入

上写真SHOPで購入した帽子

テーブルクロス

自宅リビングソファーの
人形ゾーンに使っている

ティカル遺跡アプローチ終わり