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2015年3月5日木曜日

マチュピチュ、イグアス、ナスカ旅行⑨四日目(マチュピチュ遺跡内観光)



ガイドのKさんはビューポイントに次々と案内してくれる。そして説明をわかりやすくしてくれる。まずはマチュピチュ遺跡光景を十分楽しんだ。

次に遺跡の中を決められたルート通り観光だ。この遺跡は16世紀初めスペインにインカ帝国が滅ぼされてからもしばらくは人が生活していたがある時急にこの町は捨てられたそうだ。水路から計算した水量から500人くらいの人が暮らせる規模だったのではないか、と。

マチュピチュ山からの伏流水、高さそして構造物に使われる豊富な石等の量条件からこの地に人が町を作ったらしい、と。インカ帝国首都のクスコから110kmの距離などからクスコを征服したスペインは来なかったらしい。金製品がなかったからなのではないか?

インカ帝国は文字を持たなかったのでマチュピチュ遺跡の目的、内容は全て謎であり、今も定説となっていることも少ないようだ。謎めいたところが魅力を増大させているのだろう。

でも人気の秘密はこの地を時間と困難を乗り越え訪れ、その景色のすばらしさに感激し、そしてその素晴らしさを人に伝え、伝えられた人が行ってみたくなり、そして行く。私のようにだ。

こういうスパイラルアップしているのがマチュピチュ遺跡だろう。文化遺産と自然遺産を併せ持つ複合世界遺産である理由も大いに理解できるのだ。

さてガイドのKさんであるが、遺跡観光を終わりバスで13のつづら折りの道を駅に向かって降りている途中、「Good by boy」をやって私たちをびっくりさせたのだ。

これはなにかというと、バスに手を振り、バスが次の道に来るまでに垂直の道を駆け下り、バスに追いつき又手を振ることを繰り返すのだ。当然皆は喜ぶがなかなかできないことだ。でも私たちはこのおもてなしに満足したのは言うまでもない。


遺跡内観光

見張り小屋があんなに
小さくなるほど降りてきた

町への入口

上記写真反対側   ここは単なる入り口ではない
 城門をイメージした方が分かり易い
上の穴の開いた石や左右の窪みの構造から
どのような戸が使われていたか推定される

石切り場    このような石が
たくさんあったので使って町を作った

住居跡
見張り小屋のように茅葺されていた

女王住居跡  実際は不明

太陽の神殿    最高神の太陽に
関する遺跡    蘇る時機と考えられて
いる冬至に向かいの山の間から
上る瞬間にこの窓から光が入る 

ワイナピチュに登る人 かなり危険とか

どういう道具と方法で石を削ったかの説明
鉄含有量の大きい石で石を削った
気の遠くなることをしていた

時計草
中に時計の針のようなものがある  
日本にもあるとか言っていた人がいる 

コカ  茶のような葉
私にはわからなかった

聖なる広場  三つの目

主賓殿(7つの目)
傾いた原因は地盤沈下らしい

中央広場     藤森さんのひとつ前の
大統領が広場にあった大きい石を自分が
ヘリコプターで乗り付けるため撤去した、と

日時計説があるが不明
1番高い所にあるから

パワースポット説さえある

上左に見えるのはマチュピチュ(古い峰)

ワイナピチュ登山入り口付近

上写真白黒モード

聖なる石     このバックの山並と相似形

ワイナピチュという花

ワイナピチュ登山入り口

 ここからは北回りで戻ることになる


トウモロコシトウモロコシという花

二階建て住居跡

来るとき使った道路
つづら折り 13曲がりある

石臼? 諸説紛々

コンドル 
敬っているコンドルと比定した  手前が顔  後ろの岩2つが各々左右の羽  下からお供え物とされたらしい動物の骨が出る


水路の水 マチュピチュ(古い峰)の伏流水

見納め
もう来ることはないマチュピチュ遺跡

リャマ  私の本遺跡最後の写真

マチュピチュの町に戻ってきた。

ペルーレイルが街中を走る

昼食のレストラン    同じ旅行社の
翌日発全日空ツアー16名と会う

まずまず

第9代皇帝パチャクテクの像

ここ街中を通りたくさん並んだ
お土産屋さんからお人形を購入

ウルバンバのホテル夕食のマスの料理

明日はクスコ⇒リマ⇒イグアスへ移動


⑨終わり

2015年3月4日水曜日

マチュピチュ、イグアス、ナスカ旅行⑧四日目(マチュピチュ遺跡絶景集)

 
ようやく実際に目の前に広がるマチュピチュ遺跡の絶景を見入った。ガイドのKさんに従いビューポイントを移動しながら撮影した。私たちはこの光景を観るために地球の裏側までやって来たのだ。


地面が写らないのが特徴のポイントから

マチュピチュ遺跡360度パノラマ(動画)
上記ビューポイントでの一回転撮影


一番初めに見た全景 
感激ポイント(ガイドのKさんが名づけた名称)から 

遺跡と観光客(順番に石の上に乗り写真を撮っていた)

皆 それぞれの選択肢を経て
長い道のりを辿って今ここにいるのだから
ある意味仲間たちだ

ようやく顔を見せたマチュピチュ(古い峰)

見張り小屋付近の観光客
今ここにいる観光客の気持ちを代表して表している女性

見張り小屋周辺(動画)


見張り小屋(右手)と遺跡    見張り小屋は遺跡内からの目印となる

遺跡とウルバンバ川  遺跡から数百米下に川が流れている

絶景を見入る私

⑧終わり

2015年3月3日火曜日

マチュピチュ、イグアス、ナスカ旅行⑦四日目(マチュピチュ遺跡にやっと着いた)

2015年2月19日(木)晴れ。時刻:日本ー14時間。歩数:21,065歩、歩幅は狭いので多分6km前後

マチュピチュ観光

(なお本日分写真から「絵画モード」の表示はしない)

4:00 モーニングコール
5:10 出発

夜中12時頃起き写真の整理を始めた。3時間強眠っただろう。不足分は移動の時補充している。昨日の標高3,600mクスコでは時々足がふらついたが、2,800mのウルバンバで一夜をすごしたので通常の体調だ。屋外に出て空を見たが、昨夜と同じように星が数えるほどしか出ていない。残念。


クスコ(標高3,600m)から
持って来た飲みかけのペットボトルが
凹んでいる(標高2,800m)

ホテル名  マベイ と読める

まだ薄暗いなかホテルを出発し、30分ほどでオリャンタイタンボ駅に着いた。ここからはペルーレイルの列車でマチュピチュへ向かう。


オリャンタイタンボ駅前風景
盆地で駅前にはお土産屋さん
そして観光客

オリャンタイタンボ駅

ペルーレイル 機関車

客車

内部  天井まで外が観える

壁にかわいい絵

ウルバンバ川側の席だったので、途中ズーッと、茶色く水量が多い水がゴーゴーと流れるのを観ていたことになる。反対の右側はアンデス山脈側で時折頂上付近に氷河に覆われた5千米クラスの山が見え隠れる。

氷河をいただくアンデス山脈

相当高い山が見えた途端ガイドのKさんが叫んだ。「わーっ」。びっくりして彼の方を向くと、彼はあの5,750mのベロニカ山をここ数年あれほどクリアーに見たことがなかった、と説明した。そして、あんなにきれいに観れるのは奇跡だ、とも言った。

そして、列車に乗り込む前は「今晴れていても遺跡に行ったらまた別な顔を天気は見せる」と言っていたガイドのKさんは遺跡の付近はわからない、と今度は言わなかった。これでなんとなく今日のマチュピチュ遺跡付近の天気に希望を持てた。

ほぼ定刻通り列車はマチュピチュ駅に着いた。駅前には岸壁がそそり立っていた。山峡の町だ。すぐに26名と添乗員、ガイドの我々のツアー一行だけを乗せたバスは出発した。


マチュピチュ駅前360度パノラマ(動画)
ようやくマチュピチュ遺跡に近づいた
たくさんの欧米人などたくさんの人がいる


駅前の絶壁

ガイドはここのところ天気が悪く期待できないことを覚悟してくれ、とクスコで
言っていたが今日は奇跡的ともいえる良い天気と言った 太陽様様の心境

バスのチケット

13のつづら折りを登り、町より数百米上の遺跡入り口に着いた。各国から来たたくさんのツアー客が入り口から次々と吸いこまれていった。最初は水平、しばらくすると登りだ。10分もハーハーしながら上ると、もう少し、とガイドが言ったので、録画のスイッチを入れた。


入場手続きを待つ人々
すごい速さでここを通過した

来た。やっと来た。写真では何度も何度も見た風景と同じ風景が見えるところに着いたのだ。すばらしい、の一言だ。天気も良く、最高だ。

羽田を出発して4日目という長い時間をかけ、かつ高山病みたいな症状を感じたりしてようやくこの景色を実際に見ることができたことも気持ちを高揚させている。そしてマチュピチュに感激した人達と気持ちを共有したのだ。


ついた、ついた、やっと着いた(動画)
羽田を出発して4日目にしてようやく本ツアーのメーンのマチュピチュ遺跡に
たどり着いた。もう少しで着く、と聞いて動画を写し始めた


やっと着いたマチュチュピチュ遺跡
最初に見たマチュピチュ遺跡とワイナピチュ

⑦終わり